アーティスト アーカイヴ
ア
あがた森魚
あがた森魚(あがたもりお)1948.9.12、北海道生まれ。上京後、鈴木慶一らとライブ活動を始め、72年、デビュー・シングル「赤色エレジー」が大ヒットして、一躍時代の寵児となりました。漫画雑誌「ガロ」に連載されていた林静一の同名作品を歌ったもので、74年には自ら監督を務めて「赤色エレジー」を原作とした映画『僕は天使ぢゃないよ』も制作しました。その後81年、ニューウェイヴ・バンド「ヴァージンVS」、94年ユニット「雷蔵」と新たな分野に挑戦していきます。しかし、持前の懐古趣味的なロマンチシズム漂う作風は変わることなく、特異な存在感を持ち続け、若い人達の共感も得ています。CDリリースや全国各地でのライブなど精力的な音楽活動と 並行して、テレビドラマや映画で俳優としても印象的な役柄で活躍しています。2012年、デビュー40周年を迎えて、記念コンサート『女と男のいる舗道』を全国5都市で開催しました。
浅川マキ
浅川マキ(あさかわまき) 1942.1.27、石川県生まれ。寺山修司(てらやましゅうじ)に見出され、68年、新宿の「アンダーグラウンド・シアター蠍座」でのソロライヴでデビュー。「夜が明けたら」「かもめ」「赤い橋」などがヒットし、当時の新宿文化を代表するアングラの女王と称されました。時代が変化しても確固たるスタイルは変わることなく、シンガーソングライターとして作詞作曲、外国曲も「日本語詩」として自作するなど、独自の世界を作り上げました。ライヴやレコーディングのメンバーも、山下洋輔(やましたようすけ p)、坂本龍一(さかもとりゅういち kb)、つのだ☆ひろ(d)、山内テツ(やまうちてつ b)、近藤等則(こんどうとしのり tp)、本多俊之(ほんだとしゆき sax)、渋谷毅(しぶやたけし p)、川端民生(かわばたたみお b)、向井滋春(むかいしげはる tb)、セシル・モンロー(d)など、一流のミュージシャンが務めました。2010年1月17日、名古屋で3日間ライブの最終日にホテルで倒れ、病院で死亡が確認されました。享年67歳。
荒井由実
荒井由実(あらい ゆみ)
1954年1月19日、東京都出身。早くからソングライターとして注目され、71年に加橋かつみの「愛は突然に」を作曲しています。彼女自身は、72年に「返事はいらない」でレコード・デビュー。73年、キャラメル・ママを全面的に起用したファースト・アルバム『ひこうき雲』をリリース。74年のセカンド・アルバム『ミスリム』、75年の3作目『コバルト・アワー』と、ハイセンスなポップ感覚をもった作品を発表して、日本のミュージックシーンに新風を吹き込みました。76年末に松任谷正隆と結婚、松任谷由実となります。96年、荒井由実の名義でシングル「まちぶせ」をリリースし「荒井由実復活コンサート」を行ないました。
アリス
ALICE (アリス) ロック・キャンディーズを解散した谷村新司(たにむら しんじ)が、1971年暮れに堀内孝雄(ほりうち たかお)、矢沢 透(やざわ とおる)と結成したグループですが、当初は谷村と堀内の2人で活動をスタートし、矢沢は72年春に合流しました。ALICEはなかなかヒット曲に恵まれませんでしたが、軽妙なトークを交えたライヴや深夜放送などで次第に人気を集めていきます。そして75年に「今はもうだれも」でブレイク。その後、「帰らざる日々」「冬の稲妻」「チャンピオン」など多くのヒット曲を送り出します。しかし、91年に東京・後楽園球場でのライヴを最後に活動を休止。その後、97年の短期間の活動を経て、2000年には本格的に活動を再開、ツアーも行なっています。
アレキサンダー・ラグタイム・バンド(ARB)
ARB<アレキサンダー・ラグタイム・バンド>(えーあーるびー<あれきさんだーらぐたいむばんど>) 1977年、石橋凌(いしばしりょう vo)、田中一郎(たなかいちろう g)、KEITH(きーす d)、エンマ(えんま kb)、宮城伸一郎(みやぎしんいちろう b)によって、アレキサンダー・ラグタイム・バンドが結成されました。78年シングル「野良犬」でデビューしましたが、方向性の違いもあって翌年、所属事務所から独立。この時、エンマ、宮城がグループを脱退します。その後、メンバーチェンジを繰り返しながらもロック・バンドとして精力的に活動を展開し、81年のアルバム『BOYS & GIRLS』リリースを期に正式バンド名をARBとしました。ARBは、90年に解散しましたが、98年に石橋、KEITH、EBI(えび b)、内藤幸也(ないとうこうや g)で活動を再開。2006年、石橋の脱退により活動を停止しています。
あんぜんバンド
安全バンド(あんぜんばんど) 1970年に、東洋大学音楽部で出会った長沢博行(ながさわひろゆき vo、d)と伊藤純一郎(いとうじゅんいちろう vo、d)を中心に結成され、その後、相沢民男(あいざわたみお vo、g)が参加して本格的にライヴ活動を開始。首都圏を中心としたロックシーンで注目を集め、74年の「郡山ワンステップフェスティバル」をはじめ多くのステージに出演しています。75年、アルバム『アルバムA』、シングル「13階の女」でレコードデビューしましたが、相沢友邦(あいざわともくに vo、g)と中村哲(なかむらさとし kb、sax)の加入、相沢民男の脱退などのメンバーチェンジもありました。76年、アルバム『あんぜんバンドのふしぎなたび』をリリースし高い評価を受けましたが、間もなくバンドは解散。安全バンド、あんぜんバンドなど複数のバンド名表記をされていました。
あんべ光俊
あんべ光俊(あんべみつとし) 1953.9.16生まれ。岩手県出身。大学生時代に萩原茂(b はぎわらしげる)、小野寺進(kb おのでらすすむ)、小島光浩(d こじまみつひろ)によりグループ飛行船を結成。シングル「しょうよう歌」を自主制作。これがきっかけで、75年に「しょうよう歌」でメジャーデビューします。飛行船は77年に解散しますが、あんべ光俊は78年に「風は知っている」でシンガー・ソングライターとしてソロデビュー。約10年間でアルバム8枚をリリースするなどコンスタントに活動していきますが、87年に創作活動を休止。その後、故郷である岩手に視点を置いて活動を再開。93年には、元オフコースの大間ジロー、松尾一彦らも参加するバンド、あんべ光俊音楽旅団を率いて活動を行っています。
RCサクセション
RCサクセション 1968年、忌野清志郎(いまわの きよしろう)、小林和生(こばや し かずお)、破廉(はれん)ケンチの3人で結成されました。当初はアコースティック・ギターを中心としたスタイルで、70年にシングル「宝くじは買わない」でデビュー。東京・渋谷のフォーク喫茶「青い森」をホームグラウンドに、古井戸、泉谷しげるらと活動し、72年のシングル「ぼくの好きな先生」で注目されました。その後、78年には脱退した破廉ケンチに替わって、古井戸のメンバーだった仲井戸麗市(なかいど れいいち)、新井田耕造(にいだ こうぞう)が加入、R&B色の強いロックバンド・スタイルになります。その後、「雨あがりの夜空に」「トランジスタ・ラジオ」などをヒットさせるなどトップグループとして活躍を続けましたが、90年に活動を停止しました。
イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)
細野晴臣(ほその はるおみ 1947年7月9日、東京都出身)、坂本龍一(さかもと りゅういち 1952年1月17日、東京都出身)、高橋幸宏(1952年6月6日、東京都出身)によって1978年に結成されました。細野が構想する”イエロー・マジック(黄色魔術)”=東洋的エレクトロニクス・ポップを世界にアピールするというコンセプトにもとづき、78年11月に『イエロー・マジック・オーケストラ』でデビュー。79年、80年とワールドツアーを成功させ、国内でも一世を風靡し、テクノ・ブームを巻き起こしました。彼らは、YMOおよびソロ活動で積極的なサウンドアプローチを重ね、海外のミュージシャンにも影響を与えていきましたが、83年に「散開」。1993年に「再生」し、アルバム『テクノドン』をリリース。その後も時に応じて3人が集まり、YMOとしての活動を行っています。
THE YELLOW MONKEY
THE YELLOW MONKEY(ざ いえろー もんきー) 88年結成。91年にインディーズレーベルから初のアルバム『Bunched Birth』を発表。リリース記念の全国ツアーを実施、東京や大阪ではワンマンライヴを行うなど徐々に動員を増やし、92年にシングル「Romantist Taste」でメジャーデビューしました。95年に発表した4作目のアルバム『smile』がチャート初登場4位を記録。同年には初の武道館ライヴを成功させ、続く5作目の『FOUR SEASONS』が初のチャート1位となります。その後も、「BURN」「JAM」「SPARK」といったヒットを重ねますが、2001年1月の東京ドーム公演を最後に活動休止。04年7月7 日をもって解散しました。
石川優子とチャゲ
石川優子とチャゲ(いしかわゆうことちゃげ) シンガーソングライターの石川優子(1958.10.3生まれ、大阪府出身)とチャゲ&飛鳥のチャゲ(1958.1.6生まれ、福岡県出身、現在はChageと表記)による単発ユニット。ふたりがデュエットした「ふたりの愛ランド」(作詞:チャゲ、松井五郎 作曲:チャゲ)はJAL沖縄キャンペーン曲となって大ヒットし、夏の定番ソングとなりました。その後、石川優子とチャゲとしての活動はありませんでしたが、90年の石川優子引退コンサートにChageが出演して「ふたりの愛ランド」をデュエットしたり、09年のChageのアルバム『Many Happy Returns』の「ふたりの愛ランド2009」で石川優子が久々に歌声を聴かせるなどしています。
五つの赤い風船
五つの赤い風船(いつつのあかいふうせん) 1966年頃、西岡(にしおか)たかし、藤原秀子(ふじわら ひでこ)、中川(なかがわ)イサトを中心に活動をスタート。メルヘン的なニュアンスをもった曲で人気を集め、多くのフォークコンサートに出演しました。69年には、URCレコードの第一回新譜として高田 渡とのカップリングアルバム『高田渡/五つの赤い風船』をリリース。関西フォークシーンを代表するグループのひとつとして活躍を続けましたが、72年に解散。75年に西岡たかし、金森幸介(かなもり こうすけ)を中心にしたアルバム『五つの赤い風船’75』がリリースされ、79年にも再結成コンサートが開かれました。2000年からは本格的に活動を再開しています。
五輪真弓
五輪真弓(いつわまゆみ) 1951.1.24生まれ。東京都出身。高校生時代にはフォークグループを作ってテレビ番組「ヤング720」にも出演。その後もラジオの「バイタリス・フォーク・ビレッジ」公開録音に参加するなどの活動で注目されました。72年、アメリカ録音のアルバム『少女』でレコードデビュー。その後「煙草のけむり」「さよならだけは言わないで」などをヒットさせています。そして80年、「恋人よ」の大ヒットでレ コード大賞金賞を受賞し、より幅の広いシンガーとして認知されました。海外での評価も高く、77年にはフランスをはじめとするヨーロッパでアルバムをリリース、ステージも行っていますし、80~90年代には香港をはじめアジア各地でもコンサートを行っています。96年以降、育児に専念するためコンサート活動を休止しましたが2003年に再開。現在も精力的に活動を続けています。
稲垣潤一
稲垣潤一(いながきじゅんいち) 1953.7.9生まれ。宮城県出身。中学生時代からバンドを始め、高校卒業後、ライヴハウスや米軍キャンプなどで、ドラマーそしてヴォーカリストとして活動。82年、「雨のリグレット」でレコードデビュー。シンガー・ソングライター全盛の時代に、シンガーに徹して自ら書いた曲は歌わないという姿勢を貫き、卓越した歌唱力で「ドラマティック・レイン」「夏のクラクション」「クリスマスキャロルの頃には」などの、大人のテイストをもったヒット曲を次々に送り出しました。最近では、女性シンガーとのデュエットで名曲をカヴァーした『男と女』シリーズが話題になるなど、今もトップアーティストとして活動を続けています。


























