アーティスト・アーカイヴ
ARTIST ARCHIVES
ソウル・フラワー・ユニオン
ソウルフラワーユニオン
ソウル・フラワー・ユニオン(そうるふらわーゆにおん) 1993年、同時に解散したニューエスト・モデルとメスカリン・ドライヴのメンバーにより結成されました。初期のメンバーは、中川 敬(なかがわたかし vo、g)、伊丹英子(いたみひでこ ブズーキ、他)、奥野真哉(おくのしんや kb)、河村博司(かわむらひろし g)、伊藤孝喜(いとうこうき d)、JIGEN(じげん b)。同年12月にシングル「世界市民はすべての旗を降ろす」でデビュー。ロック、ジャズ、民謡、民族音楽など、幅広い音楽性を大胆に取り入れた個性的でインパクトあふれる音楽性で、圧倒的な存在感を示していきます。また、ソウル・フラワー・ユニオンとしての活動と並行して、95年1月の阪神淡路大震災をきっかけに結成されたアコースティック・ユニットのソウル・フラワー・モノノケ・サミットでも、積極的な活動を展開しています。
高石ともや
タカイシトモヤ
高石ともや(たかいしともや) 1941.12.9北海道生まれ。大学入学で上京しましたが、学資を稼ぐため大阪で働くなか、米国のフォークシンガー、ピート・シーガーやボブ・ディランの影響を受けて歌い始めました。1960年後半、各地の労働組合や大学、集会などでメッセージ・フォークを広め、1968年「受験生ブルース」のヒットで日本中に知られるようになりました。高石音楽事務所には、フォーク・クルセイダーズ、岡林信康などが所属し、URCレコードやフォークコンサートを積極的に制作して、それまでになかった音楽シーンをつくり出していきます。関西フォーク、アングラフォークと呼ばれた音楽の先駆的リーダーでした。しかし、フォークが注目を浴びていた1970年、事務所を離れ、渡米して、各地をまわり、原点のフォークソングを体験してきます。帰国後はザ・ナターシャー・セブンなどを結成して、民謡やカントリー、ブルーグラスなどに力を入れて歌い続けてきました。1973年から永六輔らと開催していた京都の「祇園宵々山コンサート」は2011年、第30回目で終了となり、華々しいラストステージは話題になりました。また、マラソンやトライアスロンの選手でもあり、40年以上、国内外のレースに参加し続けています。
高中正義
タカナカマサヨシ
1953年3月27日生まれ、東京都出身のギタリスト/ミュージシャン/プロデューサー。71年、ロック・バンド“フライド・エッグ”にベーシストとして参加したのを機にプロとしてのキャリアをスタート。翌年、サディスティック・ミカ・バンドにギタリストとして参加。76年7月、アルバム『セイシェルズ』でソロ・デビュー。独特のメロディ・センスが発揮された楽曲はCMやTVで使用され、多くのファンを獲得。81年の『虹伝説 THE RAINBOW GOBLINS』で“高中ブーム”を巻き起こす。サンタナ、リー・リトナー、ナラダ・マイケル・ウォルデンら海外ミュージシャンとの共演も多数。フュージョン界のトップ・ギタリストとして活躍中。
高野寛
タカノヒロシ
高野 寛(たかのひろし) 1964.12.14、静岡県生まれ。86年、高橋幸弘、鈴木慶一が審査員を務めるオーディションに合格し、87年、ザ・ビートニクスのツアーにギタリストとして参加。88年に高橋幸弘プロデュースのシングル「See You Again」でデビュー。90年にはトッド・ラングレンがプロデュースした「虹の都」をヒットさせるなど、注目を集めました。ソロアーティストとしての活動の他に、他のミュージシャンとのコラボレーションにも力を入れており、TOKYO No.1 SOUL SETのBIKKE、斉藤哲也と”Nathalie Wise”、クム本の原田郁子、レピッシュのtatsu、坂田学と”4B”を結成しているほか、細野晴臣の”東京シャイネス”、宮沢和史の”GANGA ZUMBA”、高橋幸宏の”pupa”など、多くのユニットに参加しています。また、2006年以降は、ソロでも高野寛の他にHAASという名前でも活動しています。
高橋鮎生
タカハシアユオ
1960年10月19日生まれ、東京都出身のソングライター/ギタリスト/マルチ奏者。ベルリン、ストックホルム、ニューヨークで育ち、特に60年代後半のアメリカ文化から強い影響を受ける。8歳よりクラシックギターを習い始め、スタン リー・シルバーマン、ウイリアム・ヘルマンに師事。83年以降9枚のソロ・アルバムを発表。ギターのほか、古代音楽にみられる世界の繋がりを“ネオ・トラッド”という独自のサウンドで 表現し、国際的に活躍。また、音楽に限らず、ファッション、建築、グラフィック、舞踊などの分野にも進出し、プロデュースも手掛ける。現在は“Ayuo”名義でさまざまな作品を制作、提供している。
高橋幸宏
タカハシユキヒロ
1972年、Sadistic Mika Bandに参加。1978年、細野晴臣(ほその はるおみ)、坂本龍一(さかもと りゅういち)とともにYellow Magic Orchestra(Y.M.O.)を結成、 国内外に大きな影響を残しましたが、1983年12月をもって「散開」。ソロ活動と併行して鈴木慶一(すずき けいいち ムーンライダーズ)とのTHE BEATNIKSとしても活動。また、2001年には細野晴臣とSKETCH SHOWを結成し、2004年以降は坂本龍一も加わりHAS、HASYMO、Yellow Magic Orchestraとバンド名を使い分け不定期に活動。自身のファッション・ブランドでのデザインや映画出演など多才な活動も展開。
2023年1月、病気静養中に脳腫瘍により発症した誤嚥性肺炎にて死去。70歳没。
大事MANブラザーズバンド
ダイジマンブラザーズバンド
大事MANブラザーズバンド(だいじまんぶらざーずばんど) 高校生だった立川俊之(たちかわとしゆき vo、g)が、戸村公彦(とむらきみひこ b)、田岡広宣(たおかひろのぶ d)とバンドを結成。さらに山田哲生(やまだてつお g)、吉田理恵(よしだりえ kb)が加わり、1986年に結成されました。91年1月、シングル「MO-RIO」、アルバム『大事な気持』でデビュー。同年8月にリリースした「それが大事」は、テレビ番組のテーマ曲ともなって大ヒット。その後、テレビアニメ「クレヨンしんちゃん」のエンディングテーマ曲となった「うたをうたおう」などをリリースしていきます。94年に山田、田岡が脱退。中尾秀行(なかおひでゆき g)、平山牧伸(ひらやままきのぶ d)が加入して活動を続けますが、1996年解散。しかし、2009年に大事MANブラザーズオーケストラとして活動を再開しています。
ダウン・タウン・ブギウギ・バンド
ダウンタウンブギウギバンド
1973年、 宇崎竜童を中心に結成された日本のロック・バンド。“DTBWB”と略されることも。73年12月、シングル「知らず知らずのうちに」でデビュー。翌年12月の「スモーキン・ブギ」がヒット。75年3月の「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」で人気を確実にし、歌詞の“あんた、あの娘のなんなのさ?”は流行語にもなった。年末にはNHK『紅白歌合戦』出場も果たす。80年に過去曲を“封印”し、ダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンドに改名。シリアスなブルースとロックを追求する。翌年をもって解散するも、その後随時再結成を果たし、演奏活動を続けている。
チェッカーズ(THE CHECKERS)
チェッカーズ
チェッカーズ 1980年に福岡県久留米市で結成され、83年にシングル「ギザギザハートの子守唄」でメジャーデビ ュー。翌84年発表の「涙のリクエスト」がヒットすると、アイドル的ルックスから絶大な人気を得ます。その一方で、コーラスとサックスをメンバーに含めたバンドとしての実力を発揮し、86年からはオリジナル曲を発表。「ONE NIGHT GIGOLO」「素直にI’m Sorry」「夜明けのブレス」など多くのヒット曲を生み出しました。アーティストとしての地位を確立し、デビュー10周年を迎えた92年に突然の解散宣言。大晦日の紅白歌合戦出場を最後に、その活動の歴史に幕を下ろしました。
チカブーン
チカブーン
チカ・ブーン(ちかぶーん) 女性だけによるサルサバンド。森村あずさ(もりむらあずさ timbales)を中心に、サルサ好きの女性が公園で始めたセッションをきっかけに結成され、85年に原宿クロコダイルで初ステージをおこないました。その後、数度に渡ってキューバ政府の公式招待を受け、キューバで人気を博し、日本でも92年にアルバム『Chica Boom』でメジャーデビューしました。この時のメンバーは、森村あずさ、志村享子(しむらあつこvo)、小野かほり(おのかほり bongo)、石田みき(いしだみき conga)、鈴木典子(すずきのりこ kb)、坂口かおる(さかぐちかおる b)、山本聡子(やまもとさとこ tron)、芝井律子(しばいりつこ sax)の8人。その後、メンバーチェンジをしながら活動を続けていきましたが、現在は活動休止しています。
Chara
チャラ
chara(ちゃら) 1968.1.13.埼玉県出身。4歳ごろからピアノを弾き始め、小学生時代には作曲を行っていました。その後、アルバイトをしながらライヴ活動を続け、デモテープをきっかけに、91年にシングル「Heaven」でメジャーデビューします。96年には岩井俊二監督作品『スワロウテイル』に出演、劇中に登場するバンド「YEN TOWN BAND」として主題歌を担当し、チャート1位 を獲得。同作で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞するなど、新しい一面を見せました。また、土屋公平やYUKI、東京スカパラダイスオーケストラといった様々なアーティストとのコラボレーションにも積極的で、ソロだけにとどまらない活躍をしています。
チューリップ
チューリップ
チューリップ 福岡の大学生だった財津和夫(ざいつ かずお)を中心に結成されたバンド。1972年に「魔法の黄色い靴」でデビューしますが、この時のメンバーは財津和夫(vo、g、kb)、姫野達也(ひめの たつや vo、g、kb)、安部俊幸(あべ としゆき g)、吉田 彰(よしだ あきら b)、上田雅利(うえだ まさとし d)。73年に「心の旅」をヒットさせてブレイク。その後もポップ感覚あふれるバンドとして「青春の影」「虹とスニーカーの頃」などのヒットを送り出していきます。80年代に入りメンバーチェンジが増え、最終的にオリジナルメンバーは財津だけとなります。89年に解散しますが、その後数回の再結成を行っています。
ちわきまゆみ
チワキマユミ
1963年2月2日生まれ、東京都渋谷区出身のミュージシャン/ラジオパーソナリティ。本名は地脇真由美。跡見学園女子大学文学科卒。5歳の時に『ビートルズがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!』に衝撃を受けて音楽に目覚め、その後T・レックス、ディープ・パープル、KISS、エアロスミス、ラモーンズなどから影響を受ける。85年のシングル「GOOD MORNING I LOVE YOU」から90年代半ばまでコンスタントに作品を発表。2001年にはcharaやYUKIらとともに“Mean Machine”としてデビュー。その後は主にゲスト参加やラジオ出演へシフトしながら、活動を展開している。
つじあやの
ツジアヤノ
つじあやの 1978.1.6、京都生まれ。高校のフォークソング部でウクレレを弾いて音楽活動を始めます。98年、インディーズからミニアルバム『うららか』をリリースし、翌99年、ミニアルバム『君への気持ち』でシンガー・ソングライターとしてメジャーデビューしました。2002年にリリースしたシングル「風になる」が、アニメ映画『猫の恩返し』主題歌となってヒット。この頃から夏フェスなどにも出演するようになります。やわらかな世界を感じさせる自作曲を中心にリリースしていますが、03年に山下達郎の「パレード」をカヴァーしてシングルリリースし、翌年、カヴァー・アルバム『COVER GIRL』をリリースしました。また、08年にはBEAT CRUSADERSと共演するシングル「ありえないくらい奇跡」をリリースしています。



























