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アーティスト アーカイヴ

フィッシュマンズ

フィッシュマンズ

フィッシュマンズ(ふいっしゅまんず) 1987年、大学の音楽サークルメンバーだった佐藤伸治(さとうしんじ vo、b)、小嶋謙介(こじまけんすけ g)、茂木欣一(もてぎきんいち d)によって結成されました。その後、柏原譲(かしわばらゆずる b)、ハカセ(はかせ kb)が参加し、91年にシングル「ひこうき」でメジャーデビュー。初期は小玉和文、窪田晴男らにプロデュースをゆだねていましたが、その後セルフプロデュースにより、レゲエから発展させた独自の音楽を追求し、根強い支持を得ていきました。しかし、99年、佐藤伸治の死去によりバンドも活動を停止。2005年、RISING SUNROCK FESTIVAL in EZOで、茂木、柏原を中心とする復活ステージが行われ、ゲストヴォーカルとして忌野清志郎、UAらが参加しました。

the FIELD OF VIEW

the FIELD OF VIEW

the FIELD OF VIEW(ざ ふぃーるど おぶ びゅー) 1994年に「view」を結成、シングル2枚をリリース。翌年「FIELD OF VIEW」に改名し、再デビューシングルとなった「君がいたから」はチャート3位に輝きます。その後も、「突然」「Last Good-bye」「DAN DAN 心魅かれてく」などヒットを続け、幅広いファン層に支持されますが、2002年に解散しました。その後、ヴォーカルの浅岡雄也(あさおか ゆうや)はソロアーティストとして精力的に活動を続けています。

FAIRCHILD

FAIRCHILD

FAIRCHILD(ふぇあちゃいるど) 「SHI-SHONEN」として活動していた戸田誠司(とだ せいじ b、pro)とYOU(ゆう vo)、ギタリストの川口浩和(かわぐち ひろかず)により1988年に結成。同年、シングル「おまかせピタゴラス」でメジャーデビューしました。ドラマ主題歌やCM曲への起用により順調にファンを増やし、90年発表の7作目のシングル「探してるのにぃ」でブレイク。93年の解散後、YOUはモデルや女優へと活躍の場を広げ、戸田は作曲家、プロデューサーとして活動するかたわら、戸川純率いる「ヤプーズ」にも参加しています。

ザ・フォーク・クルセダーズ

ザ・フォーク・クルセダーズ

加藤和彦(かとう かずひこ)、北山 修(きたやま おさむ)らによって京都で結成された学生アマチュア・グループでしたが、1967年10月に解散記念LP『ハレンチ』を自主制作。アルバム中で唯一のオリジナル曲「帰ってきたヨッパライ」がラジオの深夜放送を通じて話題となり、急きょシングル・カットして発売され、280万枚という大ヒットとなりました。その結果、メンバーの加藤と北山は解散を延期し、アマチュア仲間だった端田宣彦(はしだ のりひこ)を加えて活動を再開。「悲しくてやりきれない」「青年は荒野をめざす」そして覆面バンドのズートルビー名義の「水虫の唄」などのヒットを飛ばします。ザ・フォーク・クルセダーズは68年10月に解散しましたが、2002年、加藤、北山にフルフィーの坂崎幸之助(さかざき こうのすけ)を加えてザ・フォーク・クルセダーズとしてCDリリースやステージも行うなど、単発的な再結成は何度か行っています。

44 MAGNUM

44 MAGNUM

44 MAGNUM(ふぉーてぃーふぉーまぐなむ) 1977年、PAUL=梅原達也(うめはらたつや vo)を中心に結成されたヘヴィーメタル・バンド。79年にJIMMY=広瀬さとし(ひろせ さとし g)が参加し、その後、BAN=吉川裕規(よしかわ ひろのり b)、JOE=宮脇知史(みやわき さとし d)という編成になります。精力的にライヴを展開しながら、83年にアルバム『DANGER』でレコードデビュー。迫力ある演奏とステージングで日本のヘヴィーメタル、ハードロックシーンに大きな影響を与えています。1989年に解散しましたが、2009年に復活。

ふきのとう

ふきのとう

ふきのとう 山木康世(やまき やすよ)と細坪基佳(ほそつぼ もとよし)によって北海道で結成されたフォークデュオグループ。1973年の全国フォーク音楽祭で作曲賞を受賞したのがきっかけになり、74年に「白い冬」でレコードデビュー。その後も「街はひたすら」「流星ワルツ」などのヒット曲を送り出します。しかし、彼らはトップアーティストになっても上京せずに、北海道を拠点として活動することにこだわり続けました。92年に解散。

福山雅治

福山雅治

福山雅治(ふくやままさはる) 1969.2.6生まれ。長崎県出身。中学・高校時代はバンドを結成していました。高校卒業後、地元企業に就職しますが、音楽を捨てられずに上京。オーディションを経て、俳優・歌手として活動をはじめます。90年3月シングル「追憶の雨の中」でレコードデビュー。『ホームワーク』(92年)『ひとつ屋根の下』(93年)などで俳優として人気を得る一方、精力的にシンガー・ソングライターとしての活動をつづけ、「MELODY」「All My Loving」(92年)「IT’S ONLY LOVE」(93年)などのヒットでトップアーティストになります。その後も、「桜坂」(00年)、「東京」(05年)などをコンスタントにヒットさせるとともに、松本英子、前川清、柴崎コウらの楽曲をプロデュースしたり、写真家としても活動するなど、マルチな才能を発揮しています。

藤井フミヤ

藤井フミヤ

1962年7月11日、福岡県久留米市生まれ。83年にチェッカーズのヴォーカリストとしてデビュー。92年のチェッカーズ解散後、“藤井郁弥”から“藤井フミヤ”へと改め、翌年よりソロ活動を開始。「TRUE LOVE」「Another Orion」などの大ヒットを放つ。2013年にデビュー30周年&ソロ・デビュー20周年を迎え、ライヴも精力的に開催。弟・藤井尚之とのユニット“F-BLOOD”や俳優、ヴィジュアル・アーティストとしても活躍。

FLYING KIDS

FLYING KIDS

FLYING KIDS(ふらいんぐ きっず) 1988年に結成されたファンクバンド。翌89年にオーディション番組「平成名物TV いかすバンド天国」に出場、初代グランドキングとなります。90年にシングル「幸せであるように」でメジャーデビュー。「風の吹き抜ける場所へ」「ディスカバリー」などのヒットを生み出しますが、98年の渋谷公会堂でのライヴを最後に解散しました。しかし、2007年の「RISING SUN ROCK FESTIVAL」でオリジナルメンバー6人が再集結。09年には12年ぶりとなるフルアルバムを発表しました。

フラワー・トラべリン・バンド

フラワー・トラべリン・バンド

フラワー・トラベリン・バンド それまでGS系バンドなどのメンバーだったジョー中山(じょー なかやま vo)、石間秀機(いしま ひでき g)、上月ジュン(こうづき じゅん b)、和田ジョージ(わだ じょーじ d)が、1970年に結成したロックバンド。同年、アルバム『Anywhere』でレコードデビュー。その後、メンバーはカナダに渡り、71年にアメリカでアルバム『SATORI』をリリース。カナダ、アメリカの第一線ロック・ミュージシャンたちと交流して72年に帰国しましたが、73年に解散。

フリッパーズ・ギター

フリッパーズ・ギター

小山田圭吾(おやまだ けいご 1969年1月27日、東京出身)が、87年に井上由紀子(いのうえ ゆきこ)らと結成したバンドが母胎。同年末バンドは消滅しましたが、小山田(g)、井上(kb)の二人でロリポップ・ソニックとして活動を続けます。88年春、小沢健二(おざわ けんじ g)、吉田秀作(よしだ しゅうさく b)、荒川康伸(あらかわ やすのぶ d)が参加し、ロリポップ・ソニックは5人編成に。89年、フリッパーズ・ギターと改名して、アルバム『three cheers for our side〜海へ行くつもりじゃなかった』でメジヤー・デビューしましたが、その直後に3人のメンバーが脱退し、小山田と小沢健二(1968年4月14日、神奈川県出身)の二人で活動を続けます。コンテンポラリーなギター・ポップ・サウンドとスタイリッシュなセンスでシーンに大きな影響を与えましたが、91年に解散。二人はそれぞれ、コーネリアス(小山田圭吾)、小沢健二として活動を続けました。

古井戸

古井戸

古井戸(ふるいど) 加奈崎芳太郎(かなざき よしたろう)と仲井戸麗市(なかいど れいいち)によってつくられたフォークデュオ。1970年頃から、渋谷をホームグラウンドに泉谷しげる、RCサクセションとともに活動。72年にアルバム『古井戸の世界』でレコードデビュー。「さなえちゃん」「インスタントラーメン」などをヒットさせますが、79年に解散。加奈崎はソロに、仲井戸はRCサクセションに参加しました。

BLANKEY JET CITY

BLANKEY JET CITY

BLANKEY JET CITY(ぶらんきー じぇっと してぃ) 1990年に結成。都内のライヴハウスを中心に活動しながら、オーディション番組「平成名物TV いかすバンド天国」に出場し、圧倒的な存在感で6代目グランドキングとなります。91年発表の『Red Guitar And The Truth』はメジャーデビューアルバムながらもチャート8位に輝きました。全国規模の精力的なライヴや各メンバーのソロプロジェクトなど多彩な活躍を見せますが、2000年のFUJI ROCK FESTIVALでのステージを最後に解散しました。

Bridge

Bridge

bridge(ぶりっじ) 1989年に結成。海外アーティストのオープニングアクトやコンピレーションアルバムへの参加を経て、小山田圭吾主宰のトラットリアレーベルから92年にメジャーデビューしました。フリッパーズ・ギターに並ぶ日本ネオアコシーンの人気バンドでしたが、95年に解散。カジヒデキや大橋伸行(PATE)、清水弘貴らの元メンバーは、現在の音楽シーンに欠かせないアーティストとして活躍中です。

ブルース・クリエイション

ブルース・クリエイション

ブルース・クリエイション 1969年に結成されたブルース・ロックバンド。メンバーは布谷文夫(ぬのや ふみお vo)、竹田和夫(たけだ かずお g)、野地義行(のじ よしゆき b)、田代信一(たしろ しんいち d)。69年にリリースされたファーストアルバム『ブルース・クリエイション』はこのメンバーによるブルースのカヴァーアルバムでした。その後、メンバーチェンジを繰り返し、71年に竹田和夫(vo、g)、大沢博美(おおさわ ひろみ vo)、佐伯正志(さえき まさし b)、樋口晶之(ひぐち まさゆき d)のメンバーで、アルバム『悪魔と11人の子供たち』などをリリースしましたが、この年に解散し、竹田は「クリエイション」を結成します。

THE BLUE HEARTS

THE BLUE HEARTS

THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)。 1985年、甲本ヒロト(こうもと ひろと vo)、真島昌利(ましま まさとし g)、望月正水(もちづき まさみ b)、英 竜介(はなぶさ りゅうすけ d)によって結成されました。86年には望月と英に替って、河口純之助(かわぐち じゅんのすけ b)と梶原哲也(かじわら てつや d)が参加しました。87年にインディーズからシングル「人にやさしく」を発表したのに続き、「リンダリンダ」でメジャーデビュー。ストレートな3ピースのギターサウンドに、シンプルで味わいのある詞を乗せていく彼らの演奏は多くのリスナーを虜にし、バンドシーンをリードする存在となりましたが、95年に解散。

BREAD & BUTTER

BREAD & BUTTER

神奈川県茅ヶ崎市出身の日本のフォーク・デュオ。岩沢幸矢(vo)と岩沢二弓(ふゆみ:vo/g)の兄弟からなる。1969年、シングル「傷だらけの軽井沢」でデビュー。以来、70年代ウェストコースト・サウンドに影響を受けた良質なポップ・ミュージックをコンスタントに発表。代表曲は「あの頃のまま」「ホテルパシフィック」「湘南ガール」「ピンクシャドウ」「マリエ」「野生の馬」など。ライヴ活動も精力的に行ない、バンド・スタイルのほかアコースティック・ライヴでも高い評価を得ている。スティーヴィー・ワンダー、井上陽水、松任谷由実ら交流も幅広い。2014年には45周年記念となる4枚組ベスト・アルバムを発表。

THE BOOM

THE BOOM

THE BOOM(ザ・ブーム) 1986年に、宮沢和史(みやざわ かずふみ vo)、小林孝至(こばやし たかし g)、山川浩正(やまかわ ひろまさ b)、栃木孝夫(とちぎ たかお d)によって 89年にアルバム『A Peacetime Boom』でレコードデビュー。90年代に入ってワールドミュージック志向を強めるなど、音楽の幅を広げる試みを重ね、その中から世界的大ヒット曲となった「島唄」も生まれています。さらに、南米7ヨーロッパでもツアーを行うなど、ユニークな活動を展開。その後も、グループとメンバーの個人活動を織り交ぜながら活躍を続けています。

プラスチックス

プラスチックス

プラスチックス 1976年、グラフィック・デザイナーの立花ハジメ(たちばな はじめ g)が、イラストレーターの中西俊夫(なかにし としお g)、スタイリストの佐藤チカ(さとう ちか vo)らと結成したバンド。最初はアマチュアバンドでしたが、78年に「四人囃子」のベーシストだった佐久間正英(さくま まさひで kb)が参加してからテクノバンドとして本格化。作詞家の島武実(しま たけみ r.box)も加入して、80年にアルバム『WELCOME PLASTICS』をリリース。ポップでアート感覚あふれるセンスが世界的な注目を集めましたが、81年に解散。

プリンセス・プリンセス

プリンセス・プリンセス

プリンセス プリンセス 1983年にレコード会社のオーディションで選ばれたメンバー5人によるガールズ・ロックバンド。86年にミニアルバム『Kissで犯罪』でメジャーデビュー。パワフルなステージと本格的な音づくりで人気を集め、女性バンドとしては初となる日本武道館公演を成功させました。その後も「世界でいちばん熱い夏」「Diamonds」「M」などのヒット曲を連発、トップアーティストとしての地位を築きますが、96年に解散。現在でも、ガールズバンドのパイオニアとして多くのファンから支持されており、2012年には一年間の限定で再結成されました。

細野晴臣

細野晴臣

1947年7月9日、東京都出身。早くから音楽活動を始め、大学生の頃にロック・バンド、エイプリルフールのベーシストとしてレコードデビュー。69年、はっぴいえんどを結成し、日本の音楽界に新風を吹き込みます。その後も、キャラメル・ママ、ティン・パン・アレイ、そしてイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)など、それまでの日本になかったコンセプトの画期的なクリエイト・グループを結成して活躍するとともに、ソロ・アーティストとしてもコンスタントに味わい深い作品を発表しています。名実ともに、日本の音楽シーンを牽引するアーティストのひとり。

布袋寅泰

布袋寅泰

布袋寅泰(ほてい ともやす) 1962.2.1.群馬県出身。81年に氷室京介らとBOØWYを結成し、88年に解散するまでギタリストとして活動します。BOØWY解散の年、アルバム『GUITARHYTHM』でソロデビュー。さらに同年、吉川晃司とユニット「COMPLEX」を結成して約2年間活動しました。ソロアーティストとしては、96年のアトランタオリンピック閉幕セレモニー出演、ヨーロッパでのアルバムリリースやツアーなど、国際的なスケールで活動しています。また、プロデューサーとして今井美樹のシングル「PRIDE」を手掛けるなど、ギタリストに留まらない活躍を続けています。

BOØWY

BOØWY

BOØWY(ボウイ) 1981年、氷室京介(ひむろ きょうすけ vo)、布袋寅泰(ほてい ともやす g)、松井恒松(まつい つねまつ b)、高橋まこと(たかはし まこと d)らによって結成されたバンドで、82年にアルバム『MORAL』でレコードデビュー。その後、ソリッドなギター・ロック・サウンドやスタイリッシュなステージングなど、オリジナリティあふれる新感覚のロックバンドとして圧倒的な人気を得ていきました。88年に解散。

ボ・ガンボス

ボ・ガンボス

BO GUMBOS(ボ・ガンボス) 1987年、ローザルクセンブルグを解散したどんと(vo、g)と永井利充(ながい としみつ b)が、Kyon(きょん kb)、岡地 明(おかじ あきら d)と結成したバンド。楽しく盛り上がるライヴが人気を集め、89年に「時代を変える旅に出よう」でレコードデビューします。アメリカ南部のブルースやニューオリンズ・サウンドなど、ルーツミュージックに強い影響を受けたサウンドは、日本のロックシーンに新鮮なインパクトを与え、この年の日本レコード大賞アルバムニューアーティスト賞を受賞しています。95年解散。

BONNIE PINK

BONNIE PINK

BONNIE PINK(ぼにー ぴんく) 1973.4.16.京都府出身。1995年にアルバム『Blue Jam』でメジャービュー。続く『Heaven’s Kitchen』『evil and flower』ではトーレ・ヨハンソンをプロデューサーに招き、話題を呼びます。単身渡米やレーベル設立などを経たのち、2006年リリースのシングル「A Perfect Sky」がチャートトップ10入り。その後発表されたベストアルバム『Every Single Day -Complete BONNIE PINK(1995-2006)-』は70万枚を超えるセールスとなりました。08年にはスウェーデンでのCDデビューも果たし、高い楽曲センスを武器に海外での活動も続けています。

ポルノグラフィティ

ポルノグラフィティ

ポルノグラフィティ(ぽるのぐらふぃてぃ)  1990年、広島県因島の高校生だった新藤晴一(しんどうはるいち)を中心にバンドが作られ、岡野昭仁(おかのあきひと)も参加していました。高校卒業後、大阪で再会した新藤、岡野らはバンド活動を再開し、大阪のインディーズシーンで注目されていきます。97年、オーディションに合格して上京。99年にシングル「アポロ」でデビュー。この時のメンバーは、新藤(g)、岡野(vo、g)、Tama(たま b)。2000年の「サウダージ」、01年の「アゲハ蝶」などの大ヒットでトップグループとなりました。04年、Tamaが脱退しますが、二人で活動を継続。09年には東京ドームコンサートも行っています。

ポータブルロック

ポータブルロック

ポータブル・ロック 1982年ごろ、野宮真貴(のみや まき vo)、中原信雄(なかはら のぶお b、syn)、鈴木智文(すずき ともふみ g、syn)によって結成。83年、鈴木慶一らが設立した水族館レーベルからリリースされたオムニバス・アルバム『陽気な若き水族館員たち』に「クリケット」「グリーンブックス」で参加。ポータブル・ロックとして、アルバム『Q.T』(85年)、『ダンス・ボランティア』(97年)などをリリースし、東京ニューウェイヴ・シーンで注目されましたが、80年代末に解散。

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