アーティスト アーカイヴ
ハ
フィッシュマンズ
フィッシュマンズ(ふいっしゅまんず) 1987年、大学の音楽サークルメンバーだった佐藤伸治(さとうしんじ vo、b)、小嶋謙介(こじまけんすけ g)、茂木欣一(もてぎきんいち d)によって結成されました。その後、柏原譲(かしわばらゆずる b)、ハカセ(はかせ kb)が参加し、91年にシングル「ひこうき」でメジャーデビュー。 初期は小玉和文、窪田晴男らにプロデュースをゆだねていましたが、その後セルフプロデュースにより、レゲエから発展させた独自の音楽を追求し、根強い支持を得ていきました。しかし、99年、佐藤伸治の死去によりバンドも活動を停止。2005年、RISING SUNROCK FESTIVAL in EZOで、茂木、柏原を中心とする復活ステージが行われ、ゲストヴォーカルとして忌野清志郎、UAらが参加しました。
ザ・フォーク・クルセダーズ
加藤和彦(かとう かずひこ)、北山 修(きたやま おさむ)らによって京都で結成された学生アマチュア・グループでしたが、1967年10月に解散記念LP『ハレンチ』を自主制作。アルバム中で唯一のオリジナル曲「帰ってきたヨッパライ」がラジオの深夜放送を通じて話題となり、急きょシングル・カットして発売され、280万枚という大ヒットとなりました。その結果、メンバーの加藤と北山は解散を延期し、アマチュア仲間だった端田宣彦(はしだ のりひこ)を加えて活動を再開。「悲しくてやりきれない」「青年は荒野をめざす」そして覆面バンドのズートルビー名義の「水虫の唄」などのヒットを飛ばします。ザ・フォーク・クルセダーズは68年10月に解散しましたが、2002年、加藤、北山にフルフィーの坂崎幸之助(さかざき こうのすけ)を加えてザ・フォーク・クルセダーズとしてCDリリースやステージも行うなど、単発的な再結成は何度か行っています。






