アーティスト アーカイヴ

サディスティック・ミカ・バンド

サディスティック・ミカ・バンド

ザ・フォーク・クルセダーズ解散後ソロ活動を行っていた加藤和彦(かとう かずひこ)が、当時のロンドンを中心としたポップ・ムーブメントの刺激を受けて結成したバンド。ファッショナブルで洗練された音楽性とビジュアルで注目されました。1972年6月、加藤が設立したドーナツ・レーベルからファースト・シングル「サイクリング・ブギ」をリリースしましたが、このときのドラムスはつのだひろでした。加藤(vo、g)とミカ(みか vo)を中心に高中正義(たかなか まさよし g)、今井裕(いまい ゆう kb)、小原礼(おはら れい b)、高橋幸宏(たかはし ゆきひろ d)のメンバーが固まったのは同年末といわれます。73年5月にファースト・アルバム『サディスティック・ミカ・バンド』を発表た後、74年にプロデュースにクリス・トーマスを迎えた『黒船』を発表。『黒船』はイギリスでも話題となり、75年にはロキシー・ミュージックとのイギリスツアーを成功させ、国際的評価を得ます。なお、この時にベーシストが後藤次利(ごとう つぐとし)に替わっています。同年、惜しくも解散しました。

サンディー&ザ・サンセッツ

サンディー&ザ・サンセッツ

“久保田麻琴と夕焼け楽団”として70年代から活動していた久保田麻琴が、80年代初頭、夕焼け楽団を“サンセッツ”に改名して活動を再開。バック・ヴォーカルとして参加したサンディーをメイン・ヴォーカリストに迎えてグループを再編し“サンディー&ザ・サンセッツ”となった。82年にファースト・アルバム『イミグランツ』を発表。アジア、オーストラリアなどで活動を展開し、オーストラリアでは「スティッキー・ミュージック」がヒット。

鈴木茂

鈴木茂

1951年12月20日、東京都出身。高校生時代、林 立夫、小原 礼とスカイを結成し、東京のシーンで注目されていました。1970年、はっぴいえんどのギタリストとしてアルバム『はっぴいえんど』でデビュー。はっぴいえんどでは、ギタリストとしてだけでなく、ソングライターとしても頭角を現していきます。はっぴいえんど解散後は、キャラメル・ママ、ティン・パン・アレイに参加。75年、アメリカレコーディングによるアルバム『バンド・ワゴン』でソロ・デビュー。その後、ソロ活動と並行して、ギタリスト、アレンジャーとしても活躍しています。

鈴木祥子

鈴木祥子

1965年8月21日生まれ、東京都大田区出身のシンガー・ソングライター。中学からピアノを習い始め、高校よりドラムを学ぶ。原田真二&クライシス、ビートニクス、小泉今日子らのライヴにパーカッション、キーボードで参加。88年9月、シングル「夏はどこへ行った」でソロ・デビューを果たす。以降、90年代初期のガールズ・ポップ・シーンを牽引しながら、数多くの作品を発表。小泉今日子「優しい雨」をはじめ、他アーティストへの楽曲提供やユニット参加などでも活躍。

スチャダラパー

スチャダラパー

日本のヒップホップ・ユニット。メンバーはBOSE(MC)、ANI(MC)、SHINCO(DJ)の3名。名前は“スチャラカでスーダラなラッパー”の意。1988年に結成し、90年のアルバム『スチャダラ大作戦』でデビュー。94年に小沢健二とのシングル「今夜はブギー・バック」をヒットさせ、ヒップホップをJ-POPのメインストリームに押し上げることに成功。以来、長きにわたり日本のヒップホップ・シーンのトップランナーとして活躍。

SUPERCAR

SUPERCAR

1995年、青森県八戸市で中村弘二、いしわたり淳治、フルカワミキ、田沢公大の4人で結成。1997年デビュー。オルタナティヴ・ロックバンドとして注目を集めつつ、作品を発表するごとにエレクトロ・バンドへ変わっていった。バンドとして人気・実力とも抜き出た存在へと成長したが、2005年2月のライヴ終了をもって惜しまれながら解散。

記憶の記録LIBRARY

​一般社団法人 日本音楽制作者連盟

©FMPJ All Rights Reserved.