アーティスト アーカイヴ
サ
鈴木さえ 子
鈴木さえ子(すずきさえこ) 1957.3.14、東京生まれ。クラシックピアノを学び、音楽学校に進学しますが、ロックにも興味を持ちドラマーとしての活動も始めます。80年、松尾清憲が結成したバンドCINEMAに加入しますが81年に解散。その後、スタジオミュージシャンとしての活動と並行して、FILMS、坂本龍一B2-UNITなどにも参加、泉谷しげるのステージサポートも行っています。83年にアルバム『毎日がクリスマスだったら』でソロデビューして以来、先鋭的で音楽性豊かな音楽を発表し、高い評価を受けました。90年代に入り、活動は単発的になりますが、2004年には『ケロロ軍曹オリジナルサウンドケロック』をリリースするなど、再び活動は活発になります。07年にはCINEMAの再結成にも参加しています。
鈴木康博
鈴木康博(すずきやすひろ) 1948.2.18生まれ。静岡県出身。小学生時代に小田和正と知り合い、オフコースを結成し、中心メンバーとして活動。しかし、82年6月の日本武道館ライヴを最後に脱退。83年にシングル「愛をよろしく」、アルバム『Sincerely』でソロデビューしました。ありのままの自分を写し取っていくような味わいのある作品をコンスタントにリリースするとともに、山本潤子、吉川忠英とPeter,Paul & Maryを歌ったり、山本潤子(赤い鳥、ハイファイ・セット)、細坪基佳(ふきのとう)とユニットSong For Memoriesを結成するなど、フォークソングの原点ともいえる活動も展開しています。
スターキング・デリシャス
スターキングデリシャス(すたーきんぐでりしゃす) 1974年頃、大阪で6人編成のロックバンドとして結成されました。初期のメンバーには、岩本一郎(いわもといちろう d)、角谷安彦(かどややすひこ b)、増田敏郎(ますだとしろう g)、仲 豊夫(なかとよお g)、他がいました。翌75年、大幅なメンバーチェンジを行って、大上留理子(おおがみるりこ)など3人の女性シンガーと3人のホーンセクションが入った大型ソウルバンドととなります。この年の「8.8 Rock Day’75」で優秀バンド賞と大上がベストボーカル賞を受賞し注目を集めます。77年、スターキングデリシャスの唯一のアルバム『スターキングデリシャスライブ』がリリースされますが、この時のメンバーは、大上留理子(vo)、西浦幸子(にしうらゆきこ vo)、北川進太郎(きたがわしんたろう g)、平山国次(ひらやまくにつぐ g)、小島良喜(こじまよしき kb)、東山光良(ひがしやまみつよし b)、岩本一郎(d)、辻川雅治(つじかわまさはる trmp)、池田トール(いけだとーる sax)、三浦束洋司(みうらつよし sax)でした。ライヴバンドとしても高い人気を得ていましたが、このアルバムリリース後に解散しています。
スターダストレビュー
スターダストレビュー 根本 要(ねもと かなめ vo、g)を中心に1979年に結成され、関東のアマチュアシーンで注目されていたバンド「(ジプシーと)アレレのレ」が、81年のレコードデビューに際して「スターダストレビュー」と改名しました。根本以外のメンバーは、三谷泰弘(みた に やすひろ kb)、柿沼青史(かきぬま きよし b)、寺田正美(てらだ まさみ d)、林 紀勝(はやし としかつ perc)。シングル「シュガーはお年頃」、アルバム『STARDUST REVIEW』でデビュー。卓越した演奏力とコーラスワーク、そしてサービス精神あふれるステージングでライヴアーティストとして根強い支持を受けています。
須藤薫
須藤薫(すどう かおる) 1954.5.1.東京都出身。学生時代からシンガーとして活動を行っていましたが、79年に、荒井由実・作詞のシングル「やさしい都会」でレコードデビュー。80年のファースト・アルバム『CHEF’S SPECIAL』でオールディズ・テイストを打ち出し、81年のシングル「あなただけI LOVE YOU」(作詞・作曲:大瀧詠一)、82年の松任谷由実、杉真理とのジョイントコンサート「WONDERFULL MOON」なども話題となりました。
93年、アーティスト活動から引退しましたが、98年に杉真理とのジョイントで活動再開。しかし、2013年3月3日、骨髄異形成症候群のため死去。
SPITZ
スピッツ 1987年に草野マサムネ(くさの まさむね vo)、三輪テツヤ(みわ てつや g)、田村明浩(たむら あきひろ b)、崎山龍男(さきやま たつお d)により結成。新宿や渋谷を中心に活動をスタートさせ、ワンマンライヴで300人を動員するなど、着実に人気を獲得。90年に6曲入りのミニアルバム『ヒバリのこころ』をインディーズレーベルからリリースします。翌91年にはシングル「ヒバリのこころ」とアルバム『スピッツ』でメジャーデビューしました。以来、「ロビンソン」「涙がキラリ☆」などのヒット曲を誕生させ、ドラマの主題歌に起用された「空も飛べるはず」でトップアーティストの座を不動のものとします。97年からは多彩なアーティストを招いてのイベント「ロックロックこんにちは!」を主催しています。
センチメンタル・シティ・ロマンス
センチメンタル・シティ・ロマンス 1973年、中野督夫(なかの とくお vo、g)、細井 豊(ほそい ゆたか kb)、加藤文敏(かとう ふみとし b)、田中 毅(たなか つよし d)というメンバーで活動していた名古屋のロックバンドに、東京で音楽活動をしていた告井延隆(つげい のぶたか vo、g)がリーダーとして参加し、センチメンタル・シティ・ロマンスが誕生しました。ウエストコーストサウンドをベースにした演奏スタイルで人気を集め、75年にアルバム『センチメンタル・シティ・ロマンス』をリリース。同年、田中に替わってシュガーベイブの初代ドラマーだった野口明彦(のぐち あきひこ)が加入しました。現在も、マイペースな活動を続けています。
ソウル・フラワー・ユニオン
ソウル・フラワー・ユニオン(そうるふらわーゆにおん) 1993年、同時に解散したニューエスト・モデルとメスカリン・ドライヴのメンバーにより結成されました。初期のメンバーは、中川 敬(なかがわたかし vo、g)、伊丹英子(いたみひでこ ブズーキ、他)、奥野真哉(おくのしんや kb)、河村博司(かわむらひろし g)、伊藤孝喜(いとうこうき d)、JIGEN(じげん b)。同年12月にシングル「世界市民はすべての旗を降ろす」でデビュー。ロック、ジャズ、民謡、民族音楽など、幅広い音楽性を大胆に取り入れた個性的でインパクトあふれる音楽性で、圧倒的な存在感を示していきます。また、ソウル・フラワー・ユニオンとしての活動と並行して、95年1月の阪神淡路大震災をきっかけに結成されたアコースティ ック・ユニットのソウル・フラワー・モノノケ・サミットでも、積極的な活動を展開しています。


















